大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和26年(ネ)879号 判決 1952年8月22日

控訴人(原告) 山岡内燃機株式会社

被控訴人(被告) 滋賀県地方労働委員会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す、被控訴人が、昭和二十五年七月十二日になした原判決末尾添付の救済命令を取消す、訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする」との判決を、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において、右被控訴人の救済命令はその主文で控訴人の代表者山岡孫吉がなした演説中「連合会へ入つたのが、悪かつたのだ」との点の取消を要求しているが、右山岡孫吉がその演説中にかような言辞を弄した旨の認定は、その理由中に全くなされていないから、右命令はその主文と理由との間に、くいちがいがあることに帰して、違法であるのみならず、右命令が(ロ)(ハ)項の事実を認定するに当つて、その証拠として救済命令申立人の申立書を採用しているのは、違法であるといわねばならぬ。けだし労働委員会の不当労働行為救済命令申立事件は、中央労働委員会の定める手続規則による審問手続を経て、事実の認定をなす準司法行為であるから、申立書の如く、申立人が労働委員会の審問手続の開始を促すにすぎない書類は、証拠とすることは許されないからである。もし被控訴人が、右申立事件において、調査手続をしたから申立書を証拠としたのであるならば、本件不当労働行為の判定は、中央労働委員会の定める手続規則による審問手続によらなかつた証拠を採用したものというべきであつて違法である。

被控訴人は、その命令で前示山岡孫吉の「連合会に加入した以上一律に取扱う」との言辞を、不当介入なりと判定しているが、元来単なる言論が、労働組合法第七条第三号の不当労働行為にあたるや否やの判定に当つては、その他の行為による場合と異り、憲法第二十一条との関係上、当該言論を為した者の目的、その言葉の意味及び発生した結果がその言論のみによるものであるかどうかを、十分に検討しなければならない。前記山岡孫吉の言葉は山岡内燃機長浜工場労働組合が、その上部組合である全山岡労働組合連合会に加入した以上、従来右長浜工場労働組合を他の労働組合と区別して扱つていたにせよ、平等に扱わねばならなくなつたことを意味し、それは言論の自由に基く、正当なる意見の表明であり、同人の目的意図は、印度貿易の不振による控訴会社の苦境を、従業員及びその父兄に報告する席上、偶々前示の意味において、右の言葉を使用したにすぎないのであつて、全然他意のなかつたことは、「連合会に加入するとか、入らぬとかいうことは、自分がどうこういう筋合のものでない」といつていることに徴しても明かである。又長浜工場労働組合が、その後右連合会から脱退した事実は、前記山岡孫吉の演説とは関係なく、全く組合大会における殆んど全会一致の多数決によるものである、しかるに被控訴人はこれらの点に思を致すことなく、山岡孫吉の演説をもつて、不当介入としたのは違法である。なお本件不当労働行為救済申立人たる西川善夫外六名は、会社と組合との協定書に基き、昭和二十五年二月二十三日控訴会社を円満に退職したものであつて、同人等が第二組合を結成しそれに所属するから、解雇したものでなく、控訴会社の企業再編成のためその基準によつたもので、同人等もその退職を承認している。このことは現に同人等が当時控訴会社より、解雇予告手当、退職慰労金を受取り、離職票を請求し失業保険金も受領し、その後五十日間も平穏に過した事実によるも明かである。従つて、同人等の不当解雇救済申立は、被救済利益なく当然却下さるべきものであるから、右の手続中になしたからといつても、本件不当労働行為救済申立について、同人等にその利益があるということはできない、と述べ、被控訴人において、本件救済命令の理由中当事者の主張として、その(ハ)において、「連合会に入つたのが悪かつたのだ」との事実を挙示し、認定した事実及び法律上の根拠(ハ)において、「尚社長の演説態度は、相当激越であつた」ことを認めて、前記の主張事実をも一括して、申立人の主張を全面的に認容しているわけであつて、この事実は証拠として援用せる社長演説記録にも記載されているから、仮りに右認定事実の記載が、不十分なりとして、再審査しても、なお同一の命令をなすべきこと明かであるから控訴人のこの点についての主張は、何等の実益なく、右命令を違法なりと主張することはできない。又控訴人は右命令が申立書を証拠としたのを非難するが、右命令は申立書のみを唯一の証拠としたのではないのみならず、不当労働行為救済事件のような行政手続においては、民事訴訟法の如き厳格な立証方法を要求していないから、他の証拠と比較して、正確と認めたものを証拠に採ることは、何等違法でない。

控訴会社代表者山岡孫吉は、その演説中において、「長浜工場は唯一の直系的地位を占めている。たとえ大阪においてどのような人員整理が行われようとも、長浜だけはどうしても守り抜こうという意思を持つている」との前提の下に、「連合会へ加入した以上、社長としては、長浜を特別に遇することはできない」というたのであるから、長浜工場においても、他の工場同様人員整理を行わねばならぬというに均しく、当時人員整理に怖れていた従業員に及ぼす精神上の影響は甚大であり、従業員はこの不安を除去するため、連合会脱退を決意するに至つたことは、まことに人情の然らしむるところであつて、この言辞をもつて、言論の自由に基く、正当なる意見の表示として、看過することは、労働組合法第七条第三号に照して、到底許さるべきでない。本件不当労働行為救済申立人たる西川善夫等が、退職金その他を受領したことは、同人等が退職を承認したものと一概に断ずることはできない。同人等が退職金等を受領したのは、山岡孫吉社長の演説の当時右申立人西川善夫は大阪へ出張中であり、木村秀夫は、病気入院中であつたが、控訴会社が第二組合員十九名中十六名を解雇しながら、これを右申立人等に知らしめないために、各個に退職金を支給し、被解雇者の連絡を妨げた結果、山岡社長が先に承認した「第二組合員の現在及び将来に対し、不利益なる取扱をしない」との約束を無視したことを、発見することができなかつたためであり、なお当時西川善夫は納税のため金策に奔走し、木村秀夫は病気療養費に窮していた事情を看逃すわけにゆかない。又西川善夫等の不当解雇救済申立が、解雇の日より数十日を経過しているが、その間同人等は第二組合員と連絡協議し、或は労政当局の意見を徴し、又はその申立手続を研究する等相当の日時を要することは当然であつて、決して永きに失することはない。長浜工場の従業員でなくなつた者は同時に同工場労働組合員の資格を失うことは争わないが、長浜労働組合規約第八条には、解雇に際し、紛議を生じ係争中は、組合員としての資格は失わない旨規定しているから、西川善夫等が不当解雇救済申立中になした本件不当労働行為救済申立は、右労働組合員としてしたものであるから適法といわねばならぬと述べた外原判決記載の事実と同一であるから、ここにこれを引用する。(立証省略)

理由

訴外西川善夫外六名から、被控訴人労働委員会に対して、控訴人主張のような救済命令の申立があり、これに基いて、被控訴人が昭和二十五年七月十二日、控訴会社、社長山岡孫吉に対して、原判決末尾添付の救済命令をなし、その命令書が同日右山岡孫吉に交付されたことは、当事者間に争のないところである。

右の如く本件救済命令は、控訴会社社長山岡孫吉に対して、なされているのであるから、控訴会社が果して右命令の取消を求める本訴において、正当な当事者たる適格があるかどうかを考えて見るに、不当労働行為救済の申立の相手方となるべき者は、使用者であることは明かであり、ここに使用者というのは、会社の場合にあつては、会社そのものを指し、現実に行為をした社長その他の個人をいうのではない。ただ本件の場合においては、控訴会社代表者たる社長が行為者であつたために、右のような厳密な区別をすることなく、同社長を申立の相手方とし、これに対して救済命令が出されたものと見られるから、それは控訴会社に対する趣旨でなされたものと解するを相当とし、従つて控訴会社から提起した本件訴訟は適法である。

よつて進んで当事者の争点について判断する。

(一)  不当労働行為に対し、何人がその救済の申立をなし得るやは、労働組合法第二十七条には明定されていないが、右の申立は不当労働行為に対する、行政上の救済を求めることを目的としているものであるから、これが申立権者は、右の救済を受けるについて、正当なる利益(被救済利益)を有する者に限ると考えられる。

本件において、前示西川善夫等が、果して右被救済利益を有していたかを調べて見るに、成立に争のない乙第一号証の一、同第十一号証、甲第三号証、同第四号証の一ないし七、原審及び当審証人西川善夫、木村秀夫の証言を照合すると、昭和二十四年三、四月頃、山岡内燃機長浜工場労働組合の組合長以下三名が解雇又は転職せられたところ、右西川善夫外十八名はこれを不当なりとして第二組合を組織し、控訴会社と交渉の結果、右組合長等は復職又は復帰することとなり、且つ第二組合員の現在及び将来に対して、不利益な取扱をしないことを会社をして承諾せしめた。その後第二組合はもとの長浜工場労働組合と併合し、単一組合となり、西川善夫等はこれに所属するに至つたのであるが、昭和二十五年二月二十一日、西川外六名は控訴会社から解雇の通告を受け、同月二十三日退職慰労金等を受取つたのであるが、しばらくして、控訴会社の当時の人員整理は二割ないし三割程度であつたのにかかわらず、第二組合員たりし十九名中解雇せられたのは右西川外六名を含めて十六名(但内一名は自然退職)に上つたことが判明したので、同志の連絡を計り、労政当局の意見を徴した上、右解雇を不当なりとして同年四月十日西川外六名より、本件救済申立と共に不当解雇救済申立をなし本件救済命令のなされた後である同年七月十四日右不当解雇救済の申立を取下げたことを認めることを得べく、一方成立に争のない乙第十二号証によると、右控訴会社長浜工場労働組合規約第八条には、解雇等に際し、紛議を生じ係争中は、組合員としての資格を失わない旨規定していることが明かである。すると前示のような経過によつて西川外六名が不当解雇救済申立をした当時は、まさしく右規約にいわゆる紛議を生じ係争中であるというべきであるから、右西川等はまだ組合員たる資格のあつたものといわざるを得ない。そして、不当介入救済の申立については、当該組合自体はもちろん、これを構成する各組合員も救済利益を有するものと見るべきであるから、右西川外六名の本件不当介入救済の申立は適法なりというべきである。

(二)  控訴人は被控訴人労働委員会が、救済命令において証拠として申立人等の申立書を採用したのを非難するが、労働組合法、中央労働委員会規則によるも、この点について特に制限するところがないのみならず、救済命令はいわゆる準司法行為ではあるが、これに不服ある者は、さらに裁判所の終局の判断を受け得るわけであつて、要するに行政機関の前審としての判断にすぎない。これ等の点を併せ考えると、民事訴訟におけるような厳格な制約を受けることなく、労働委員会において、その内容が真実と認めたものは、申立書の如きもこれを証拠の一つに採用するに妨げないものと解されるから、右主張は理由がない。

(三)  さらに控訴人は、本件救済命令は、その主文と理由にくいちがいがあつて違法であると主張し、成立に争のない甲第一号証(救済命令書)を見ると、控訴人の指摘する山岡社長の演説中「連合会に入つたのが悪かつたのだ」との点に関する本件救済命令の事実の認定は、幾分粗雑のそしりは免れないが、その全文を通覽するときは、右の点についても申立人の主張事実を、結局認容した趣旨であることを看取するに足るから、未た右命令をもつて違法とすることはできない。

(四)  次に控訴会社社長山岡孫吉が、昭和二十五年一月二十九日及び翌三十日に、控訴会社長浜工場の従業員及びその父兄等に対して、同会社当面の窮状について、これが諒解を求めるための演説をなし、その際右工場の労働組合が「連合会へ入つた以上大阪と一律に扱わねばならない」旨述べたことは、当事者間に争なく、右事実に成立に争のない乙第七号証、同第十号証、原審及び当審証人中沢甲吉、窪田覚二の証言、当審証人林実の証言を総合すると、控訴会社社長山岡孫吉は、右演説において、同会社の業務の不振、延いて企業の再編成に伴う人員整理の必要に言及し、控訴会社長浜工場は元来同人の郷土愛の精神に基いて設立したものであつて、そのため同工場は従来社長の直接指揮の下に置かれ、大阪方面の他の工場とは、別個に扱つて来たものであるから、大阪方面の工場において人員整理が行われようとも、長浜工場だけはそのことを避けたいと考えていたのであるが、同工場労働組合が大阪連合会に加入した以上、右人員整理に関しては、従前どおり同工場を特別に遇することはできなくなつたという趣旨を述べ、この意味において前示「大阪と一律に扱わねばならない」との言辞を用いたこと、なお右のような結果に立至つたことは、要するに「連合会へ加入したのが悪かつたのだ」と結論を下したことを認めるに足り、これに反する原審及び当審証人鍵谷実の証言並びに当審における控訴代表者本人尋問の結果は信用し難い。尤も前示証拠によれば右演説中山岡孫吉が、連合会へ加入するとか脱退するとかは干渉しない旨の言葉を混えたことも、また明かであるけれども、それにもかかわらずその演説全体の趣旨が帰するところ前示の如きものであると認定するに、何等妨となるものではない。

そして右認定事実に、原審及当審証人中沢甲吉の証言、原審における同証人の証言によつて、その成立を認め得る乙第一号証の二を照合すると、右山岡孫吉の演説によつて、人員整理の不安に脅かされた同工場組合員は、演説終了直後総会を開き、絶体多数をもつて連合会より脱退する決議をなしたものなることを認定し得べく、これを左右するに足る証拠はない。

して見ると右山岡孫吉の演説は長浜工場労働組合が、自分の意に反して連合会へ加入したことを非難した上、これによつて人員整理に関し、同組合員が従前享有していた利益を失うべきことを暗示し、その結果組合員をして遂に連合会より脱退するに至らしめたものであつて、かくの如きは、使用者がその演説によつて労働組合の運営上、重大なる結果を招来せしめたものというべく、正に労働組合法第七条第三号にいわゆる組合の運営を支配したものたること明かである。

この点に関し、控訴人は右山岡孫吉の演説は長浜工場労働組合が全山岡労働組合連合会へ加入した以上、他の組合と平等に取扱わねばならぬという意味であつて、それは憲法第二十一条による言論の自由に基く正当な意見にすぎないというが、憲法の保障する言論の自由といえども、同法第二十八条の規定する勤労者の団結権等を侵害することのできないのはもちろんであつて、前段認定の如き趣旨の山岡孫吉の演説は、憲法に保障された言論の自由の範囲を超え、すなわち前示労働組合法の法条に違反するものといわねばならぬ。

(五)  最後に本件救済命令の内容の当否について判断するに、不当労働行為救済命令は、できるだけ不当労働行為のなかつたと同じ状態に回復することを目的とする行政処分であつて、しかも如何なる不当労働行為があつた場合に、如何なる救済命令を出すべきかについては、全く法規に定めるところがない点から考えると、労働委員会はその裁量によつて、申立の趣旨に反しない限り、具体的事件に即して、右の目的を達するに適当な処分を命じ得るものと解すべきである。

本件において、被控訴人労働委員会が、控訴会社社長山岡孫吉に対して、原判決末尾添付の命令書中にある如き内容の声明書を控訴会社長浜工場の掲示板に掲示することを命じ又右救済命令の申立人であり且つ、本件不当労働行為当時はもちろん右命令当時も組合員であつた西川善夫等にこれが郵送を命じたのは、右救済命令の目的に照して、その裁量の範囲を著しく逸脱し何等実益のない処分ということはできない。

以上説明のように、控訴人の本訴請求は理由がないから、これを、排斥した原判決は正当である。よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 大野美稲 熊野啓五郎 村上喜夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例